• 一般社団法人芙桜会 | FUOHKAI

“トランスジェンダー”について考える

「トランスジェンダー」という用語を聞いて、皆さんはどのような人々を思い描くでしょうか。

  • 性同一性障害の診断を受けた人

  • 生物学的性別(体の性)と自己認知の性別が一致したり、不一致になる人

  • 体と心が一致しているが、異性装をする人

いずれも、「トランスジェンダーという用語が包括する(カバーする)セクシュアリティ」に属する人々ですが、それだけではない、多種多様なセクシュアリティが存在します。

(性同一性障害をトランスジェンダーとみなさない考え方や、トランスセクシュアルだが、それをトランスジェンダーがカバーするセクシュアリティとするか、トランスセクシュアルをトランスジェンダーの枠外だと捉える考え方もあります(後述))


しかし、トランスジェンダーという用語が包括するセクシュアリティ(一説には100を超えるそう)を全て、すらすらと言える人は、トランスジェンダーという用語が歴史的にも変化し続け、今後も変化していく以上(後述)、この世にいないと断言して差し支えないでしょう。


従って、自分が知らないトランスジェンダーがあることを恥じる必要はありません。


なぜなら、トランスジェンダーという用語が「変化するもの」だから(後述)で、それ故に、人々が理解する「トランスジェンダー」の意味がまちまち、つまり、曖昧で、例えば、トランスジェンダーについて議論することすら、困難になっているからです。


しかし、だからといって、議論することすらままならず、時には一方的に論理的根拠もなしに「差別主義者」「偏見煽動」「ヘイト団体」などとレッテルを貼られることもある事態を見過ごし、放置することは出来ません。


そんな状況は、トランスジェンダーという用語がカバーするセクシュアリティに属する人々を含め、誰にとってもメリットがあるとは言えませんから。


今回は、トランスジェンダーという用語について、お話したいと思います。


トランスジェンダーに属する人々の存在が問題なのではない

トランスジェンダーという用語がカバーするセクシュアリティの人々の存在に、何ら問題はありません。


我々と同様、法律を始めとする社会のルールに反することなく、平和に暮らしている限り、一人の人間として尊重される存在です。


私もそうですが、誰も、トランスジェンダーという用語がカバーするセクシュアリティの人々の存在を否定したことはないし、ましてや、差別したことも、それを考えたこともないのではないでしょうか。


皆、トランスジェンダーという用語に問題や改善するべきポイントがあると、問題提起しているに過ぎないのであり、差別という非人道的行為を進んで行う人など皆無である以上、安易に「差別主義者」「偏見煽動」「ヘイト団体」などと断じ、過剰に相手を糾弾するのは、厳に慎むべきです。


トランスジェンダーという用語の問題点

結論から言うと、トランスジェンダーという用語の特殊性と使用方法に問題があります。


1.トランスジェンダーという用語の特殊性

いくつかの当事者団体や当事者を対象としたサービスを展開する企業のウェブサイトを参照する限りにおいて、トランスジェンダーという用語の特徴は、次のようなものが挙げられます。

  • 自身の状態を病気としない為に当事者が展開してきた運動に起源がある

  • この言葉は、一般的に、性自認と身体的性が一致していない者全般を表わす

  • にもかかわらず、その中にもいろいろな状態の者が存在している

  • トランスジェンダー=性同一性障害という認識でいることは、失礼に当たってしまうこともある

  • トランスジェンダーの定義は歴史上、その意味が移り変わってきたこともあり、人により認識は様々なこと、また、今後も移り変わる可能性がある

のちに触れる国連におけるトランスジェンダーの定義でも明らかですが、トランスジェンダーというセクシュアリティは存在しません。


多種多様なセクシュアリティをトランスジェンダーという用語が包括している(カバーしている)ということなのです。


そう理解したならば、トランスジェンダーという用語を、少なくとも、

  • 様々なセクシュアリティをカバーしている用語として使用しているか、

  • あたかも、一つのセクシュアリティとして使用しているか

  • トランスジェンダーに属する人のことを指して使用しているか

の違った解釈が出来ることが分かり、例えば、

「トランスジェンダーとは何か」

と言えば、用語のことを言っているのか、セクシュアリティのことを言っているのか、或いは個人や人々のことを言っているのか、と受け手の解釈が異なってくることを前提に、話し手もトランスジェンダーを語る際に、コミュニケーションを今まで以上に取りやすくなるのではないでしょうか。


現状、発言者の意図するものとは違う受け手の解釈も出てくることにより、性自認などと同様に、このトランスジェンダーという用語についても、

「あなたがおっしゃるトランスジェンダーとは、何を意味しているのかしら?」

と前提条件を確認する必要があるにもかかわらず、“前提条件が違う” ということに気づかないまま、議論が泥沼にはまり、成り立たなくなっている場面が頻繁に見受けられます。


2.トランスジェンダーという用語の使用方法

トランスジェンダーという用語の特殊性もさることながら、トランスジェンダーという用語が包括するセクシュアリティの当事者が、この用語を使用する方法にも課題があります。


通常、自分のセクシュアリティを言う場合、例えば男性同性愛者の場合、「自分はゲイです」とセクシュアリティを言いますが、トランスジェンダーという用語がカバーしているセクシュアリティの人は、「自分はトランスジェンダーです」と言いがちです。


これは、ゲイが「私は同性愛者です」と言っているに等しいのです。


なぜなら、トランスジェンダーというセクシュアリティあるいはジェンダーは存在しないからです。(第三の性などと言われるが、それでは不十分という意見もある)


トランスジェンダーというセクシュアリティやジェンダー(後天的性別:社会的役割としての性別の区分)は存在しないのに、あたかもセクシュアリティかの如く、トランスジェンダーという用語を使用することにより、第三者、特に、性的少数者のことを良く分かっていない人が誤った認識をもつ原因のひとつになっていると私は考えます。


この場合、自分のセクシュアリティを言う場合には、「自分はトランスジェンダーに属するXXというセクシュアリティです」と言うべきです。


いたずらに混乱や誤解、そしてそれが原因で起きる対立や衝突(海外事例に顕著に表れています)を避けるため、そして、なりすましや自称と自分自身を混同されないため、そして、自分の身の安全を守るためにも、当事者には、トランスジェンダーという用語の使用について、配慮が求められると言っても、過言ではないと考えます。


トランスジェンダーという用語は、自己認識、ややもすると自身についての誤解や思い込みとどう違うのかかなか理解されにくいものも含めた様々なセクシュアリティを、トランスジェンダーという用語一つで説明できる便利なことばです。


しかし、現実には、「自分はトランスジェンダーです」と、それがセクシュアリティであるかの如く利用されている現実があります。


トランスジェンダーという用語を使用する際には、当事者も当事者ではない人々も、以上の点を気にかけていただければ、無用のトラブルをかなり避けられるのではないかと考えます。


国連におけるトランスジェンダーの定義から、どういった人々が存在するのかを考えてみる

トランスジェンダーの定義を考える上で参考にすべきは、国連が定めるトランスジェンダーの定義だと言われることがあります。


恐らく、日本の法務省なども、これを参照して、定義を説明していると思われます。

では、その国連の定義を、確認してみましょう。


TRANSGENDER / TRANS

Transgender (sometimes shortened to “trans”) is an umbrella term used to describe a wide range of identities whose appearance and characteristics are perceived as gender atypical – including transsexual people, cross-dressers (sometimes referred to as “transvestites”), and people who identity as third gender. Transwomen identity as women but were classified as males when they were born, transmen identify as men but were classified female when they were born, while other trans people don’t identify with the gender-binary at all. Some transgender people seek surgery or take hormones to bring their body into alignment with their gender identity; others do not.


意訳:トランスジェンダー(トランスと略されることもある)とは、性転換者、異性装者(服装倒錯者とも言われる)や第三の性と定義づけられる人々など、その外観と特徴が非定型の性別として認識される様々なセクシュアリティを表わすために使用される総称です。

トランスジェンダーの女性は、生まれた時に男性に振り分けられた女性として認識されます。

トランスジェンダーの男性は、生まれた時に女性に振り分けられた男性として認識されます。

一方、他のトランスジェンダーの人々は、性別二元制で性別を認識されることはありません。

一部のトランスジェンダーの人々は、自分の体を性同一性(自己認知の性別)と一致させるために、外科的手術を求めたり、ホルモンを摂取したりしますが、それらをしない人々もいます。


この定義が示す重要なポイントは次の通りです。

  • トランスジェンダーという用語は、その外観と特徴が非定型の性別(定型:性別二元制)として認識される様々なセクシュアリティを表わすために使用される総称である

  • 性別二元論で認識できる人々とそうではない人々とに分けられる

  • 性同一性(自分の体と自己認知の性別が一致する状態)のために、外科的手術やホルモン治療をする人々とそれらをしない人々に分けられる

ということは、トランスジェンダーという用語がカバーするセクシュアリティには、Xジェンダーやクエスチョニング、そして、ジェンダーフルイドを例にするならば、「心の性と体の性が一致しない人々」だけではなく、「心と体の性が一致している人」もいれば、「心と体の性が一致しているかどうかも分からない人」や「心と体の性が一致している時もあれば、一致しない時もある人」もいるということになります。


なにが問題なのか

結論から申し上げると、トランスジェンダーを語る際に、性自認を尊重するか、生物学的性別を尊重するかで、解釈が異なってくることが問題だと考えます。


先にご紹介した国連におけるトランスジェンダーの定義を例にすれば、


1.性自認を尊重した場合

何ら問題点を見出すことはないでしょう。

なぜなら、従来の性自認の定義が、生物学的性別と自己認知の性別が一致しない人もいると説明していたように、その不一致であるという状態が普通であるがゆえに、生物学的性別と自己認知の性別が一致していないことに疑問や違和感を抱くことはないからです。


2.生物学的性別を尊重した場合 

真逆の認識、つまり、生物学的性別と自己認知の性別が一致していることが普通の状態ですから、例えば、「それは良いけど、なりすましや自称とどう区別をつけるの?」といった疑問や心配が起きることは、生物学的性別と自己認知の性別が一致しないことは、外見や特徴から推し量ることが出来ない以上、自然なことかと思います。


従って、性自認を尊重する人と、生物学的性別を尊重する人が、トランスジェンダーについて議論をした場合、性自認を尊重する人から見れば、生物学的性別を尊重する立場から「なりすましや自称とどう区別するのか」という問題提起は、トランスジェンダーという用語を、一種のセクシュアリティや人の存在として認識していた場合には特に、問題発言だと解釈してしまうのでしょう。


そのため、行き過ぎたポリティカル・コレクトネスが時として、人権侵害を引き起こしているのではないでしょうか。


ところで、国連の定義を確認した際にも触れましたが、「心と体の性が一致している人」や「心と体の性が一致したり、しなかったりする人」あるいは「心と体の性が一致しているかどうかも分からない人」が、トランスジェンダーという用語が包括するセクシュアリティには存在するということは、意外と忘れられている、あるいは、認知されていないのではないでしょうか。


心と体の性が一致しているかどうか、ということは、その本人がそれを表明あるいは表現しない限り、第三者がそうかどうかを判断することは不可能です。


だからこそ、現在、活発に議論されている生物学的性別で区分された女性スペースについて、「なりすましや自称とどう区別するのか」という論点がクローズアップされてくることを、特に当事者である我々は謙虚に受け止める必要があると考えます。


これはもっとも、性自認の定義が、従来のものから「生物学的性別を完全に無視したもの」に置き換わってしまったことにも原因があるのですが、その性自認については、別のブログ記事でお話したいと思うので、この記事では敢えて、割愛しますが、トランスジェンダーに属する属性に密接に関係している性自認の定義も、トランスジェンダーという用語自体の定義も、複数の意味を持つに至ったことにより、トランスジェンダーという用語並びにトランスジェンダーという用語が包括する様々なセクシュアリティを語ることすら困難となってしまった現状を正すことは、待ったなしの急を要する問題であると、私は考えます。


なぜなら、科学的根拠のない状態の中で、社会学的見地あるいはクィア学(クィア理論)というものによって、セクシュアリティが無尽蔵に増えていっており、その結果、トランスジェンダーに属するセクシュアリティの人々のみならず、トランスジェンダーという用語が、適切に理解されているとは言い難い状況に陥っていることより、トランスジェンダーという用語を使って何かを語ることが、即ちトランスジェンダーに属する人々のことを語っているかのごとく受け止められ、場合によってはその発言が「トランスジェンダーに対する差別発言だ!」と断定され、発言主が激しく非難されたり、挙句は殺害予告を受けるなど、深刻な人権侵害を被る事態も発生していることが、問題だと考えるからです。


海外の事例でいえば、ハリーポッターの作者J.K.ローリング氏に対する殺害予告などの人権侵害が有名です。



これは、トランスジェンダーという用語が包括するセクシュアリティの人々の人権や安全を担保することが困難になる、つまり、トランスジェンダーという用語がカバーするセクシュアリティの人々へのバックラッシュとして、社会や第三者からの批判や攻撃にさらされかねない危険を避けられない由々しき問題であると考えます。


トランスジェンダーという用語が、それでセクシュアリティを説明される人々の人権や安全を脅かされているとしたら、なんとも皮肉なことであると言わざるを得ません。


トランスジェンダーという用語の使用方法に気を付けよう

トランスジェンダーを語るうえで、セクシュアリティの構成要素として性自認を意識することは分けることが出来ません。


しかし、性自認の定義が、従来のモノから、セルフID、つまり、自己認知の性別が唯一の公的性別の決定根拠である、という考え方の影響を受け、従来は一部の性的少数者にしか当てはまらないとされていた生物学的性別(Sex)と自己認知の性別(Gender)の不一致が、あたかも全ての人間にあてはまるかのごとく、生物学的性別と全く無関係に、自己認知のみで性別(Gender)が決められ、また、公的性別をも変更出来るとまで概念が変えられてしまっていること、そして、それによって、性自認の理解が人によって異なってしまい、問題を引き起こしているにもかかわらず、トランスジェンダーという用語の定義が、過去においても変化し、また、今後も変化していくものであるという不定性があるために、トランスジェンダーの概念が多種多様に理解されてきたことも加わったことにより、トランスジェンダーという用語について議論が成り立たず、いたずらに混乱と対立を生み出し、ややもするとトランスピープルの人権や安全を脅かしかねない状況が深刻なものになっているのではないでしょうか。


当然ながら、性的少数者を語ることは、タブーなく、広く議論されるべきものであり、「当事者しか語れない」とか、「当事者のことは当事者でやるから、そっとしておけ」というものではありません。


もし、そのような主張をするのなら、それはカルト的思想と類似した排他性と独善性をもち、非常に危険なものであると言われても、しょうがないのではないかと考えます。


繰り返しになりますが、トランスジェンダーという用語がカバーするセクシュアリティの人々の存在に問題があるのではありません。


性自認の定義がゆがめられたこととトランスジェンダーという用語もまた適切に理解されていないことを背景に、当事者以外は「語るな、疑うな、扱うな」というような、トランスジェンダーの神聖化やタブー化が一部でなされていることが問題なのです。


トランスジェンダーの問題は人権問題だ!と社会に訴えながら、善意の第三者でさえ、それを語ることを許さないとしたら、その訴えに誰が聞く耳を持つというのでしょうか。


当事者も第三者も、冷静になり、良識に則り、タブーなしで建設的な議論をし、相互理解のもと、共通認識を持てることを第一の目的として、トランスジェンダーを語っていただきたいと願います。

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