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埼玉県「LGBT条例案」を考える

 自由民主党埼玉県支部連合会に属する県議会議員より、「性の多様性に係る理解増進に関する条例案」(仮称)が、今月23日に提出される見込みであると報道されています。

 

 この条例案は、同性愛者など性的マイノリティへの理解増進を図ることを目的としていますが、自民党は昨年、同様の趣旨の法案の国会への提出を目指したものの、党内保守派の懸念を背景に意見調整が難航、提出を見送った経緯があります。

 

 また、県議会の議員団内にも賛否両論があり、記事によれば、党内の亀裂が顕著であるといいます。


 今回は、この条例案の何が問題なのか、考えてみたいと思います。


条例案の骨子とは

 骨子案では、基本理念として、

あらゆる場面で性の多様性が尊重され全ての人が安心して生活できるよう、理解増進の取り組みが行われなければならない

と定め、その上で、

  1. 何人も、性的指向又は性自認を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない。

  2. 何人も、性的指向又は性自認の表明に関して、強制し、又は禁止してはならない。

  3. 何人も、正当な理由なくアウティング(性的指向又は性自認に関して本人の意に反して本人が秘密にしていることを明かすことをいう)をしてはならない。

などと、県民らに求めています。


また、県に対しては、LGBTカップル向けの「パートナーシップ制度」整備などを要求しています。


賛成派と反対派の意見

賛成派:(当事者らの声を聞くなどしてきたうえで)当事者にとっての不都合、不合理を解消する意義がある


反対派:根強い慎重論

  1. 『不当な差別』の定義がない

  2. 自認で性別を決めていいとなれば混乱が生じる

  3. 性差はあって当然

  4. 急に変えようとすれば社会の根幹が崩れかねない


パブリックコメントの結果

賛成 508件 反対 4,120件 その他 119件(賛成と反対の割合 11:87)


骨子案の各項目を分析する

附則を含め、全16項目について、それぞれの問題点などを考えます。


1 目的

この条例は、性のあり方が男女という二つの枠組みではなく連続的かつ多様であり、その理解増進の緊要性に鑑み、性的指向及び性自認の多様性(以下「性の多様性」という。)に係る理解増進に関し、基本理念を定め、県、県民、事業者の責務を明らかにするとともに、性の多様性に係る施策の基本となる事項を定めることにより、性の多様性に係る理解増進に関する取組を推進し、もって全ての人の人権が尊重される社会の実現に寄与することを目的とする。


 「性のあり方」というものが、まず、何なのかが分かりません。

 これが、ジェンダーを言い換えたものなのだとするならば、そのジェンダーとやらが生物学的性別(身体機能)と関係があると、(広義の)トランスジェンダーに含まれるXジェンダーに代表されるように、男女の枠にとらわれない、男でも女でもない、あるいは男でも女でもあるセクシュアリティを考慮する時点で、それらの人々を除外することになりますから、問題になります。


 従って、この「性のあり方」は生物学的性別を無視していると考えるべきです。


 つまり、「男女という二つの枠組みではなく連続的かつ多様」というのは、性自認のことを言っていることになります。


 性自認とは、骨子案によれば、「自己の性別についての認識」ですから、これも、Xジェンダーを初めとするトランスジェンダーを考慮すれば、生物学的性別を無視する必要があり、それを前提とした、連続的かつ多様な性のあり方の理解増進が緊要性の高いものなのだと言っていることになります。


 また、結論として「性の多様性に係る理解増進」を目的とし、その取り組みを推進し、全ての人の人権が尊重される社会を実現すると言っていますが、これはつまり、埼玉県は、生物学的性別に基づいた社会の仕組みを、性自認という曖昧且つ主体的で、客観性を認めない概念に基づいた社会にすることを、宣言していることになります。


 ここまで、この条例案について理解している議員はもとより県民がどれだけいるのでしょうか。


 性自認は、その本人が自分の性別をどう思うか、ですから、第三者の評価を必要としません。

 つまり、誤解や思い込みだとしても、それは性自認であると言われたら、覆すことが出来ないのです。

 これは、なりすましや自称、そして偽称を排除できないことを意味します。


 性的マイノリティについては、科学的根拠に基づくものがなく、人権モデルに基づき、作られてきたものであるという事実があります。


 今、現実に存在する「人」を対象とせず、今後、科学的に性的マイノリティというものが解明されるようなことがあった場合に、根底から覆る可能性のある「概念」を保護対象とすることに、問題はないのでしょうか。


 パブコメにおける反対意見には、性自認を保護対象とすることへの強い懸念に加え、性自認の問題点を指摘したものがあると聞きますが、その通りであり、それらの意見を真摯に受け止めるべきであると考えます。

2 定義

この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。

  1. 性的指向 自己の恋愛又は性的な関心の対象となる性別についての指向をいう。

  2. 性自認 自己の性別についての認識をいう。

  3. パートナーシップ・ファミリーシップ 互いを人生のパートナー又は家族として尊重し、継続的に協力し合う関係をいう。

 改めて確認したいと思いますが、性的指向も性自認も、固定されたものではないことや客観性を持たないことに共通項があります。


 つまり、「人の数だけ、性的指向や性自認が存在する」と理解しなければならないのです。


 そのため、行政サービスは、性的マイノリティ全体に一律に提供できるものではなく、個人単位で個別対応するものを用意する必要が生じます。


 それにもかかわらず、ざっくりとした性的指向や性自認の概念で骨子案をまとめているのは、条例成立後の運営が、煩雑なものになる危険性をもたらすと断言します。


 ただ、後述の通り、困ったことが起これば、当事者団体に任せよう、というのが、この骨子案の別テーマであるのは明らかなので、この条例案の作成者は、特に問題視していないのだろうと考えます。


3 基本理念

全ての人があらゆる場において性の多様性が尊重され、安心して生活できるよう、教育及び普及啓発、相談体制の整備、暮らしやすい環境づくりなど性の多様性に係る理解増進に関する取組が行われなければならない。


 「性の多様性」が性的指向及び性自認のことを言っている、つまり、埼玉県を、生物学的性別に基づいた現在の社会から、生物学的性別を無視し「自分が自分をどう思うか」で男にも女にも、あるいは男でも女でもない存在や男でも女でもある存在を基準とした社会にすると、この条例案は宣言しているのですから、性的マイノリティでもない人が「教育及び普及啓発、相談体制の整備、暮らしやすい環境づくりなど性の多様性に係る理解増進に関する取組」を、充分に出来るわけがありません。


 従って、「5 県の責務」を読めば理解出来るのですが、LGBT当事者団体やLGBT個人活動家が参入できるように環境整備をしてあるのが、見逃してはならない重要なポイントです。


 その参考となるのが、兵庫県明石市のケースで、LGBT個人活動家が県職員に採用され、LGBT施策の担当者になっています。


 これと同様に、条例を根拠に、LGBT施策の担当者が、LGBT個人活動家やLGBT当事者団体の関係者に採用された、という話が出てくるはずです。

 今回、パブコメを募集した際に、特定のLGBT当事者団体にパブコメの募集状況が漏洩した問題がありました。

 

 地元のLGBT当事者団体の関与が非常に濃厚であることを如実に表した問題だったのですが、今後、税金をLGBT施策に投入する以上、独立した第三者機関による監査機能を担保する必要があると考えます。


4 差別的取扱い等の禁止

  1. 何人も、性的指向又は性自認を理由とする不当な差別的取扱いをしてはならない。

  2. 何人も、性的指向又は性自認の表明に関して、強制し、又は禁止してはならない。

  3. 何人も、正当な理由なくアウティング(性的指向又は性自認に関して本人の意に反して本人が秘密にしていることを明かすことをいう。)をしてはならない。

①「不当な差別的取扱い」とはいったい何を意味しているのでしょうか。

 しっかりとした定義づけもせず、差別を禁止するということは、差別をいくらでも作り出すことが出来るということを排除できていません。


 性的指向や性自認が、曖昧且つ主観的なものである以上、「不当な差別的取扱いをされたと感じたら、不当な差別的取扱いなんだ」という理屈が成り立ちます。


 おそらく、この条例案を推進する関係者は、当事者が恣意的に「不当な差別的取扱い」を利用することはないと考えているはずです。


 しかし、問題はそれではありません。


 性的指向や性自認が、第三者の客観的評価を受け付けないものである以上、なりすましや自称、偽称など、性的指向や性自認の悪用に対応出来ないことが問題なのです。


 既に、日本においても、性自認が女性だと主張する男性が、女性トイレを利用することでトラブルになり、逮捕される事案が起こっています。


 そのような問題が発生したにもかかわらず、①に該当する取扱いを受けたと主張された場合、県はどのように対応するのでしょうか。

 まさかとは思いますが、県政に関与したLGBT個人活動家やLGBT当事者団体が、その人の性自認を評価するのでしょうか。


 仮に、それらの人々、団体が “ある人の性自認” を評価するとしたら、それ自体が不当な差別的取扱い、つまり、性自認を否定することになりますから、条例の運用上、矛盾が生じることになります。


 結局、性的指向や性自認の悪用による犯罪や迷惑行為が発生した場合には、誰も責任をもって対応することは出来ないのです。


 これはこの条例案の重大な欠陥であると考えます。


②「何人も、性的指向又は性自認の表明に関して、強制し、又は禁止してはならない」というのは、カミングアウトを強制したり、逆に、禁止したりしてはいけないということです。


 カミングアウトは、性的マイノリティの義務ではありません。

 するもしないも本人の自由であり、カミングアウトなどせずとも、生きていくことが可能です。


 しかし、トランスジェンダーは状況が異なります。

 なぜなら、LGB(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル)に代表される、性的指向は、生物学的性別を無視する必要がない、つまり、外見上(性表現上、も含め)、余程のことがない限りは、カミングアウトすることで自分のセクシュアリティを公にすることになるのに対し、T(トランスジェンダー)、つまり性自認(及び性表現)は、その大多数が生物学的性別と異なる性別で生きる必要がある、つまり、 カミングアウトが必須であり、カミングアウトが成功しなければ、自分の存在を確かなものにすることが出来ないのです。


 既にお気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、この条例案は、性的マイノリティの理解増進ではなく、トランスジェンダーの理解増進のための条例案だと言って、差し支えないのです。


③「正当な理由」とは一体何を意味しているのでしょうか。


 アウティングが、性的マイノリティ当事者の意に反して秘密を暴露することですから、「正当な理由」とされるのは、アウティングされた人物が納得する理由に限定されると解されます。


 これは、カミングアウトされた側、或いは秘密を何らかの事情で知りうるに至った者だけに責任を負わせるものであり、不公平なものであると言えます。


 この条文を文字通りに解釈すれば、例えば、ある性的マイノリティから「あなたが好きです」と告白されたときに、それに対しどのように回答すればいいか迷った時、告白された人が第三者に、その性的マイノリティの許可なく相談することが出来ないことを意味します。


 そこまで秘密を共有し、守秘義務を負う理由が、性的マイノリティに関してだけ認められるというのは、我々がなんだか腫れ物にされているようで、違和感を禁じ得ません。


 そんなに “高度な対応” を、カミングアウトされた側に要求するものであるならば、「カミングアウトされない権利」を、告白される側に保障するべきではないでしょうか。


 もし、私が他人のことに無頓着で、余り、関わりたくないと考える人物だったとしたら、カミングアウトなどして欲しくないと考えてもおかしくはありません。


 この条例案では、余りにもカミングアウトする側の権利や保護に配慮しすぎで、歪なものであると言わざるを得ません。


5 県の責務

  1. 県は、第三条に定める基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、性の多様性に係る理解増進に関する総合的な施策を実施するものとする。

  2. 県は、市町村、関係団体等と連携して性の多様性に係る理解増進に関する施策を推進するものとする。

 「関係団体等」とは、LGBT個人活動家やLGBT当事者団体を指すと考えられます。


 従って、この条例案は、LGBT個人活動家やLGBT当事者団体が県政に参入する環境を整えています。


 「当事者のことは当事者に任せる」という理屈は、合理的なように聞こえますが、性的マイノリティに関しては、特定の人物や団体しか取り扱えないような閉そく性を有している以上、権益が広く公平に、当事者以外にも与えられるとは言えず、行政と個人や団体との間の癒着だという指摘は、的を得たものだと考えます。

 

 この条例は、性的マイノリティのうち、トランスジェンダーに特化すると共に、ごく一部の“専門家”に飯のタネを用意しているという指摘に、真摯に応えるべきです。


6 市町村への協力

県は、市町村が性の多様性に係る理解増進に関する施策を策定し、及び実施するために必要な情報の提供、助言その他の協力を行うものとする。


 「5 県の責務」で既に明らかなように、関係団体等の関与を前提にしている以上、市町村に対する性自認に係る理解増進に関する施策の策定や情報の提供、助言その他の協力は、LGBT個人活動家やLGBT当事者団体の主張するものを反映したものになると考えられます。


 それが果たして、適切なものであるのかどうか、税金を投入して運用する以上、広く県民が納得出来るためにも、やはり、独立した第三者機関の監査機能を担保する必要があると考えます。


7 県民の責務

県民は、基本理念にのっとり、性の多様性に係る理解を深めるとともに、県の施策に協力するよう努めるものとする。


 性の多様性が、性的指向や性自認の多様性のことであることは先に指摘したとおりです。


 この条例案が求めている県民の理解増進とは、性的マイノリティという人間の存在についてではなく、曖昧且つ主体的な概念についての理解増進です。


 “概念” は固定されたものではない以上、それを理解するというのは、先にも指摘したように、「理解できるようで理解出来ないものを理解する」ということですから、つまり、永遠に性的指向や性自認を理解し続けることになるのです。


 なぜなら、性的マイノリティに係る概念は全て、科学的根拠に基づくものではないからです。


 科学的根拠に基づかないものを理解するということがどういう意味を持つのか、ということを、立ち止まって考えるべきです。


8 事業者の責務

事業者は、基本理念にのっとり、性の多様性に係る理解を深め、その事業活動を行うにあたっては性の多様性に配慮した取組に努めるとともに、県が実施する施策に協力するよう努めるものとする。


 性の多様性が性的指向や性自認の多様性であること、そして、カミングアウトが必須なのはトランスジェンダーであることを鑑みれば、事業者が主に対応することになるのは、トランスジェンダー向けのものになります。


 トランスジェンダーであることや性的マイノリティであることを理由に就職の機会が与えられないなど、そういった不当な差別的取扱いがあってはなりません。


 事業者は、トランスジェンダーであることや性的マイノリティであることを理由としない対応を求められるのです。


9 基本計画

  1. 県は、性の多様性に係る理解増進に関する施策を総合的かつ計画的に推進するための計画(以下この条において「基本計画」という。)を策定するものとする。

  2. 基本計画は、次に掲げる事項について定めるものとする。

⑴ 性の多様性に係る理解増進に関する基本方針

⑵ 性の多様性に係る理解増進に関する具体的施策

3.前二号に掲げるもののほか、性の多様性に係る理解増進に関する施策を推進するために必要な事項

4.県は、基本計画を定め、又は変更したときは、遅滞なくこれを公表するものとする。


 一旦、条例が成立すれば、すぐに変更することはできないのは、誰の目にも明らかです。


 また、その変更が、現在に至るまでのこの条例案に係る経緯を鑑みれば、この条例案に関わったであろう“関係団体等“が納得しない限り、難しいと考えるのが妥当です。


 従って、埼玉県が、性自認を基準にした社会の仕組みから脱却するには、余程、性的マイノリティに関することで重大な社会問題が生じるなどがない限り、相当の時間を要することになるのは明白で、この条例案を可決するのなら、条例の変更は困難であることを覚悟するべきです。


10 啓発等

  1. 県は、性の多様性に関する県民の理解増進を図るため、必要な啓発、制度の周知等を行うものとする。

  2. 県は、学校の授業その他教育活動において、性の多様性に関する理解増進のための教育等必要な施策を実施するものとする。

  3. 学校は、児童及び生徒に対し、性の多様性に関する理解増進のための教育又は啓発に努めなければならない。

 性の多様性が性自認の多様性を意味することが明らかである以上、教育活動において、性自認の教育等必要な施策を実施することに、賛成することは出来ません


 イギリスのデビー・クレーメルさん(Debbie Karemer)のケース

のように、カウンセリングを受け、自分がトランスジェンダーであると考え、言われるがままに性別適合手術を受けた当事者が、のちに自分がトランスジェンダーであると思い込んだことを後悔しているケースは、決して少なくはありません。


 また、トランスジェンダーであっても、身体機能(生物学的性別)と性自認との間の不一致や違和に苦しんでいない人々がいます。


 トランスジェンダーの全てが、身体機能(生物学的性別)と性自認との間の不一致や違和に苦しんでいると考えているならば、それは間違いです。


 ただでさえ、自我が揺れる思春期の子供たち(未成年者)に、仮に「あなたは自分が何者であるか決めなくてよい」とか、「あなたはトランスジェンダーで良いのだ」という、科学的根拠に基づかない、洗脳にも似た「教育」が行われるとしたら、それが、条例が目指す理解増進だと言えるのかどうか、甚だ疑問です。


 それは、危険な思想の啓発であるとしか思えず、世の中のためになるとは考えられません。


11 人材の育成

県は、性の多様性に係る理解増進のため、相談、助言等の支援を担う人材を育成するための研修の実施その他の必要な施策を講ずるものとする。

 性的マイノリティであることの根拠が科学的な裏付けに基づかないこと、そして、当事者以外が対応することが難しい仕組みになっていることを考えれば、「研修やその他必要な施策」を講じるのは、LGBT個人活動家やLGBT当事者団体の関係者及び、県職員として採用されたそれら人物や団体になると考えられます。


 その選考や、運用について、独立した第三者機関に監査機能を担保する必要があると考えます。


12 制度の整備等 県は、基本理念に基づき、パートナーシップ・ファミリーシップに関する制度その他の性の多様性に係る理解増進のための制度を整備する等必要な施策を講ずるものとする。


 条例の制定と共に、パートナーシップ・ファミリーシップに関する制度を制定するという合わせ技を持ってきたという印象です。


 埼玉県は、なぜか市町村でパートナーシップ・ファミリーシップ制度の導入が顕著に進んでいるので、県政レベルでの受け入れもスムーズであると判断したのであろうと考えます。


 しかし、県民に条例と制度がセットであることが当たり前かのように印象づけるようなやり方は、感心しません。


 いささか強引で、広く県民に共通認識を形成した努力が充分になされたとは言い難いのではないでしょうか。


13 体制の整備

  1. 県は、性の多様性に係る理解増進に関する施策を総合的かつ計画的に実施するために必要な体制を整備するものとする。

  2. 県は、性の多様性に係る県民等の相談に対応する窓口の設置等を行うものとする。

 他の項目でも触れていますが、「相談窓口」にどういった人や団体が関与するのか、そして、その運用について、独立した第三者機関に監査機能を持たせる必要があると考えます。

 そうでないと、特定の人物や団体への利益供与という指摘に応えられないからです。


14 性の多様性への配慮

県は、基本理念に基づき、県が実施する事務事業において、性の多様性に合理的な配慮をしなければならない。


 性自認、つまり、生物学的性別に基づかない社会の仕組みをどのように構築し、運営していくのか、大変興味があります。

 また、そこまでのインパクトがある条例だと気づいていない県民が、この条例を歓迎するのでしょうか。


 国に先んじて、性自認という概念を保護し、「性的指向又は性自認を理由とする不当な差別的取扱い」を禁止する条例を制定することは、「困っている人が一人でもいたら、それを助けるのが政治家の役目」だなどという崇高な理念では対応出来ないものであることに、気づいていただきたいものです。


 この条例が成立することで、新たに困る人が出るという指摘を、真摯に受け止めて欲しいのです。


15 財政上の措置

県は、性の多様性に係る理解増進に関する施策を推進するため、必要な財政上の措置を講ずるよう努めるものとする。


 県の予算がLGBT施策に使われる、つまり、県民が納めた税金がLGBTに支出されることを意味しているのですから、やはり、独立した第三者機関の監査機能を担保する必要があります

 モニターは必要です。


附則

見直し 県は、社会状況の変化等を踏まえ、必要に応じこの条例について見直しを行うものとする。


 経験上、見直しをすることを「差別だ」と主張する当事者や当事者団体が現れる可能性があると断言できます。

 従って、「条例は見直しできる」と規定していても、実際には、見直しが実現することは大変難しいものになるだろうと予想します。


まとめ

 この条例案には、罰則規定がなく、理念法だから、大勢に影響はないと主張する向きがあると聞きます。


 しかし、ルールが緩やかであればあるほど、恣意的にそれを利用することが出来ます。


 なぜなら、「書かれていないことは禁止されていない」という理屈が成り立つからです。


 政治家は、「一人でも困っている人がいれば、それを助けるのが政治家の役目」だと、こういった理念法の制定の意義を主張しますが、この条例案は、人ではなく概念を保護するためのものであり、なおかつ、それが保護しようとしている概念自体が曖昧で主体的で、客観的評価を排除するがゆえに、その悪用を排除できないという致命的欠陥を有しているのですから、この条例案が成立することで、新たに誰かが困ることになります。


 それは、女性=生物学的女性(公的性別が女性の人々)です。


 この条例案を推進する議員は、強引に手続きを進めていると聞きますが、良かれと思ってしたことが、結果的に恩をあだで返された、ということにならないことを祈ります。


 推進派は、今後遺恨が残らぬよう、反対派と真摯に向き合って、本当に条例案を提出して良いのか、ギリギリまで熟考していただきたいのです。


 この条例案は、あまりにも一方的で、一部の当事者の権益保護に偏り過ぎています。


 そして、この条例案が原因で、遺恨を残す必要はないのです。

(2021年6月21日初稿)

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