• 一般社団法人芙桜会 | FUOHKAI

性同一性障害から性別違和に変更されて何が変わるのか

WHOのICD-11が2022年1月1日より発効することにより、国際的には、性同一性障害という精神疾患はなくなるという話を、聞いたことはないでしょうか。


それを根拠とし、

「性同一性障害がなくなる以上、性同一性障害特例法は廃止せよ」

「性自認だけで性別変更することを認めよ」

「性同一性障害特例法の身体要件を撤廃せよ」

などという主張も見られます。


しかし、本当に、ICD-11が発効することを根拠とし、そういった主張を認めて良いのでしょうか。


今回は、性同一性障害が病気や精神障害ではなくなり、新しいものに変わる(変わった)ことで、何が変わるのか、そして、何かを手放さなければならなくなる可能性を、考えてみたいと思います。


背景

アメリカ

2013年:アメリカ精神医学会American Psychiatric Association (APA) が発行するDSM第5版(DSM-5:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 5th Revision/精神障害の診断と統計マニュアル第5版)で、性同一性障害(Gender Identity Disorder)の診断名が性別違和(Gender Dysphoria)に変更された。


スイス

2019年:WHO(世界保健機関)において、2022年1月1日より発効するICD第11版(ICD-11:International Classification of Diseases 11th Revision/国際疾病分類第11版)で、性同一性障害が「精神障害」の分類から除外され、「性の健康に関連する状態」という分類の中の「Gender Incongruence(性別の不一致)」に変更された。


それぞれの変更内容とは?

もともと、性同一性障害は、例えば、次のように定義されてきました。


性同一性障害:Gender Identity Disorder

性別の自己認知(Gender Identity; 心の性)と身体の性(Sex)が一致せずに悩む状態。(中略)心の性別が元々の所属する性別と異なる状態を総称して、社会的にはTransgenderと呼びます。Transgenderには、必ずしも治療が必要ではない(脱病理化)場合があります。【名古屋大学大学病院医学系研究科 泌尿器科学教室】


そして、2013年からアメリカ精神医学会が定めている性別違和と邦訳されているGender Dysphoriaについては、こう定義されています。


性別違和:Gender Dysphoria

The term “transgender” refers to a person whose sex assigned by a physician at birth, usually based on external genitalia) does not match their gender identity (i.e. one’s psychological sense of their gender). Some people who are transgender will experience “gender dysphoria,” which refers to psychological distress that results from an incongruence between one’s sex assigned at birth and one’s gender identity. 【American Psychiatric Association】


意訳 「トランスジェンダー」という用語は、出生時に割り当てられた性別(つまり、通常は外性器に基づいて出生時に医師によって割り当てられた性別)が性同一性(つまり、性別の心理的感覚)と一致しない人を指します。トランスジェンダーの人の中には、「性別違和」を経験する人もいます。これは、出生時に割り当てられた性別と性同一性の不一致から生じる心理的苦痛を指します【アメリカ精神医学会】


つまり、

① 出生時に割り当てられた性別が自己認知の性別と一致しないこと

② ①により生じる(治療が必要な)心理的苦痛

が、その成立要件であることには、何ら変わりがないことを、それぞれの定義から理解することが出来ます。


ところが、この2点の成立要件のうち、②の心理的苦痛の存在をあえて、なのか分かりませんが、説明せず、①出生時に割り当てられた性別が自己認知の性別と一致しないことだけで、性別違和や性同一性障害を説明していることが往々にしてあるのが、気になります。


性同一性障害の診断を下すうえでとても重要なのは、生物学的性別と自己認知の性別の不一致が精神的苦痛であることが複数の医師により認められることだと聞いたことがありますから、「出生時に割り当てられた性別が自己認知の性別と一致しないこと」だけで性同一性障害や性別違和を説明するのは、不適切だと言わざるを得ません。


冷静に考えれば、生物学的性別と自己認知の性別との不一致による、継続し且つ耐え難い心理的苦痛があることにより、性同一性障害が存在し、その解消や自己認知の性別への変更を公的に認めるために、性同一性障害特例法(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律)が2003年に定められたのですから、定義は正しく、伝えるべきです。


そして、WHOが来年から発効させるGender Incongruence(性別の不一致)ですが、


Description

Gender incongruence is characterized by a marked and persistent incongruence between an individual’s experienced gender and the assigned sex. Gender variant behavior and preferences alone are not a basis for assigning the diagnoses in this group.


説明

性別の不一致は、個人が経験している性別(自己認知の性別)と割り当てられた性別(生物学的性別)との間の顕著で持続的な不一致によって特徴付けられます。 性別の様々な振舞いや好みだけでは、このグループに診断を割り当てるための根拠にはなりません。


この、「性別の様々な振舞いや好みだけでは、このグループに診断を割り当てるための根拠にはなりません。」とは、性別違和の①の要素だけでは、精神疾患と判断することは出来ない、という説明なのでしょう。


これは、

  1. 歴史的に、海外では、異性愛に当てはまらない愛の形態(例えば、同性愛)を問答無用で、精神疾患を始めとする病気や障害だと診断してきた経緯があること

  2. 精神疾患ではないとなると、「性別の不一致」は、性別違和の成立要素である“精神的苦痛”が存在するのは、矛盾がある

  3. しかし、実際には、性別違和により「継続的で耐え難い、生きるのも困難なほどの精神的苦痛を抱えて生きる人々」は存在する以上、何らかの医療判断をする余地を残している

と解釈するのが妥当ではないでしょうか。


なぜなら、「顕著で持続的な不一致」が耐え難いものかどうかを問う必要は、性別違和による性別の不一致が生きることも困難なほどに深刻な人がいる限り、なくなりません。


まさか、性別の不一致が精神疾患ではなくなったら、そういう苦境に立たされる人々を、Paraphilic disorders(性的倒錯/性別の不一致の除外規定:6D30-6D3Z)にするとでもいうのでしょうか。 


従って、今回の変更は、身体的性別と自己認知の性別の不一致が

  1. 耐え難い精神的苦痛を抱えている人

  2. 耐え難い精神的苦痛を抱えていない人

に分けるために行われたのだと考えます。


なぜなら、国連のトランスジェンダーの定義を思い出して欲しいのですが、「トランスジェンダーは様々なセクシュアリティを内包する用語で、それに属するセクシュアリティの人には、生物学的性別と自己認知の性別を一致させるべく外科的治療やホルモン治療を求める人もいるし、逆に不一致を感じないなどの理由で、それらを求めない人もいる」のですから。


従って、性同一性障害や性別違和(アメリカ精神医学会)は、苦痛を伴わない性別の不一致(WHO)に置き換わったのだから、などという理屈で、性同一性障害特例法は廃止せよ、とか、性自認だけで性別変更できるようにセルフIDを導入せよ、或いは、特例法の身体要件を撤廃せよというのは、論理が飛躍しすぎていて、不適切だと考えます。


しかしながら、私は、今回のWHOのICD-11発効は、「トランスジェンダーの定義を明らかにする」ことにおいて、大変参考になるものだと受け止めています。


何が変わるのか、何を失うのか

結論から言うと、

  1. 性同一性障害と性別違和の間に、その表現は別として、それぞれが成立する条件としての差異は、表現の違いはあれど存在しない

  2. 性同一性障害が精神障害の分類から除外され、新たに「性別の不一致」が 17.性的健康に関連する状態 の一形態として登録されたことに、日本が無条件で従ったとしても、WHOが定める性別の不一致とアメリカ精神医学会が定める性同一性障害や性別違和は、その定義が異なる以上、互いを干渉することはない

  3. もっとも、アメリカ精神医学会は、性別の不一致を、「性別違和だと診断するにあたっては、6つ定めた状態のうち少なくとも2つの状態が認められる必要があり、それらが最短でも6か月間は継続している必要があるとする中で、“Gender Incongruence"を説明していることから、アメリカ精神医学会がいう ”性別違和” と、WHOがいう ”性別の不一致” を同列に並べて論じるのは、不適切であると考えられる

  4. 性同一性障害がWHOにおいて精神障害ではなくなること及び性同一性障害が性別違和になっていることをもってしても、生物学的性別と自己認知の性別の不一致による耐え難い精神的苦痛を解消する為のホルモン治療や性別適合手術は今後も必要である

  5. しかし、②を日本が尊重し、性同一性障害を障害のひとつとみなさないことにするならば、ホルモン治療や性別適合手術は、個人のこだわりを実現したり、悩みを解消するために行う、美容整形の一形態と考えられても、不思議ではない

  6. ⑤であるならば、ホルモン治療や性別適合手術に保険適用が認められる余地はなくなる

  7. ⑤⑥について、果たして性同一性障害者のためになるのかどうかは、大いに疑問

と考えます。


現状、「障害と分類されなくても、当事者が望めば性別適合手術などの医療行為を受ける権利は保障されるべきだ」との主張が見られますが、正直なところ、そんな虫の良い話が、社会に認められるのでしょうか。


例えば、歯列矯正は最早誰もがうける自由診療ですが、100万円くらい費用が掛かります。

誰もが受けるということは、それだけ歯列に問題を抱える人がいるのだと考えれば、保険の適用もあってしかるべきだと考えても、おかしくはないでしょう。


今後、どのような理由であれ、性別適合手術を保険適用とするのであれば、国民に広く一般通念として受け入れられるよう、丁寧な議論が必要だと考えます。


性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(2003年施行)を考える

この法律は、性同一性障害者が、公的性別を変更する場合の要件を定めることにより、性別適合手術を日本で合法的に性別適合手術を受けられるように整えた一面をもっているものであり、性同一性障害者とは何であるかを定めたものではないことを、まず、理解したいと思います。


なぜなら、公的性別を変更することが出来ない事情があるにもかかわらず、性同一性障害の診断を受け、ホルモン治療や性別適合手術を受けて暮らしている人や診断は受けたが、治療や手術までは行っていない人、そして、ホルモン治療だけは受けている人など、様々な状態の人が存在するからです。


性同一性障害の診断を受けた人々にも、様々な事情や状態があることを、改めて理解したいと思います。


そのうえで、特定法の第3条に書かれている、家庭裁判所が、性別の取扱いの変更の審判を出来る要件を確認したいと思います。

  1. 20歳以上であること

  2. 現に婚姻をしていないこと

  3. 現に未成年の子がいないこと

  4. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態であること

  5. その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること

それぞれの要件を考えてみたいと思います。

  1. 性同一性障害を理由に公的性別を変更するには、体と心を一致させるために大きな犠牲を払うことになります。未成年の性別変更を認めないという考え方は、成人した人でさえ、一度決定したことを思い悩んだり、公的性別を変更した後、そのことを後悔する人もいる以上、未成年を除外していることは、問題ないはずです。

  2. 婚姻について、同性婚を考えた場合、この特例法で婚姻をしていないことが適用条件に含まれていなかった場合は、男女で行った婚姻が、一方の性別が変更されることで同性の婚姻に変わります。また、同性間婚姻以外にも、双方が性別を変更することで戸籍の取扱いなど、法律や社会システムへの影響が甚大となるであろうことを考えれば、妥当だと言えます。ここで話が脱線しますが、某同性婚訴訟は、憲法が同性婚を既に認めていると考える人々が起こした裁判である以上、この特例法も民法と同様に、憲法違反だと訴える必要があったはずですが、なぜ、そうしなかったのでしょうね。不思議です。

  3. 未成年の子が、例えば、「お父さんは今日からお母さんです」と言われ、昨日までのお父さんを今日からお母さんとして受け入れ生きていくことを、ストレスなしに出来るのでしょうか。家族の問題は、家族一つ一つ様々であり、家族とて、人と人との関係のうえに成り立っているのですから、子どもの意志や権利を尊重する意味でも、この要件は妥当だと考えます。

  4. この特例法が成立するまでは、違法な診療行為だったからこそ、命の危険と引き換えに、海外で “性転換手術”(当時)を受ける人が後を絶たなかったのは、否定することの出来ない歴史上の事実です。この法律のおかげで、ホルモン治療はもとより、日本で合法的に医療行為たる性別適合手術が受けられるようになりました。この法律は、性別適合手術によって身も心も自分が本来あるべき性別の状態に戻ることが出来ないなら、生きることが難しいほどに生物学的性別と自己認知の性別の不一致による強烈な精神的苦痛に苦しむ人々を救済する法律です。それを思えば、この要件があることは、妥当です。ましてや、断種政策などというものではありません。断種とは、国が国民にさせるものであり、ここにいう「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態である状態になる」のは、本人の意志に委ねられていることは、言うまでもありませんし、法律制定までの経緯を考えれば、国が性同一性障害者に生殖腺を失うことを強制させているかのような言説は、不適当と言わざるを得ません。

  5. この要件も、性同一性障害や性別違和の定義に則れば、妥当です。また、今や、性自認がセルフIDの考えを導入し、従来のものとは異なり、性自認が公的性別を決定する唯一の要件とする考えを持つに至った現状を踏まえれば、この要件をなくした場合に考えられる社会の混乱は大変大きなものになると予想します。現に、性自認の致命的な欠陥により、性自認を悪用した犯罪や迷惑行為が発生しています。

本当に救われなければならない性同一性障害者やトランスジェンダーに内包されるセクシュアリティの人々のためにも、身体要件に関係するものは、なくしてはならないと考えます。


性自認だけでの性別変更が、性同一性障害(性別違和)に苦しむ人々を救うことは出来ない

残念ではありますが、自己認知する性別に生物学的性別、つまり、身体機能が一致しないと、性同一性障害は克服できない、というわけではありません。


一度性別適合手術を行えば解決するものでもなく、手術をしても一生、悩み続ける人や、逆に、自己認知した性別の人間になったこと、つまり、不可逆的な手段を選んだことを後悔している人、そして、尽きない苦痛に絶望し自ら命を絶つ人もいることもいる、厳しい現実があります。


今、なぜかは分かりませんが、「身体機能と自己認知の性別が一致しないことからくる耐え難い精神的苦痛」が性同一性障害や性別違和の構成要件として不可欠であることを隠し、あたかも、生物学的性別と自己認知の性別の不一致「だけ」がそれらの構成要件だというかの如く、「性自認だけで性別変更出来ないのは、差別だ」「特例法が定めるいわゆる身体要件は断種政策だ」などという主張が繰り返し出ていますが、それは詭弁であり、本当に性同一性障害(性別違和)に苦しむ人々や、この特例法成立に携わった善意の第三者を愚弄するものだと、ハッキリと断じたいと思います。


性自認やトランスジェンダーの定義をはっきりとさせ、日本に合った性的少数者政策を打ち出そう

性同一性障害や性別違和が今後、日本においてどう取り扱われていくのか、非常に興味があります。


病気や障害でないとするならば、合法的に医療行為を受けることが出来なかった過去に戻るのか。


それとも、特例で病気や障害ではないのに、合法的に医療行為を受けられるようにし、更に保険適用も認めるのか。


本当に性同一性障害に苦しむ人々のため、そして、多くの国民が理解し、共感する形でアップデートされることを期待します。


それと同時に、ここでもまた、性自認やトランスジェンダーの定義をはっきりとさせる必要性を、やはりここでも感じます。


いずれも、必ずしも科学的根拠に乗っ取らない、自己認識やセクシュアリティの定義ですから、科学的根拠を第一に尊重、つまり、生物学的性別を第一に尊重することと共に、性自認やトランスジェンダーの定義の曖昧さなどの構造的欠陥が招いた社会的問題等の海外事例を参考にしながら、日本の事情に合った、日本独自の解釈、定義をじっくり、慎重・丁寧に、そして時間を掛けて定めたとしても、何ら問題がないと考えます。


性的少数者が、性的な部分を殊更に意識する必要なく、平穏に暮らせる社会が理想ですが、その普遍的な目標達成のためには、日本の事情に根差した、日本独自のやり方が必要です。


とかく、

「海外ではこんな政策がなされているのに、日本にはなにもない。だから、日本は性的少数者に冷たい国だ」

などという言説がまかり通る状況がありますが、


「海外は海外、日本は日本」

です。


学ぶべきことはあるでしょうが、その全てを日本が実行する必要はありません。


日本にふさわしいものを取捨選択し、


「変わるべきは変える、変えるべきではないものや変える必要のないものは変えなくてよい」


というごくシンプルでとても重要な視点を、見失いたくはないと、私は考えます。

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