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“性自認” はGender Identityの翻訳語としては不適切である

更新日:2021年6月6日

要旨

 今回は、LGBT理解増進法案で問題とされている2点のうち、「性自認」について、考えてみたいと思います。

 その結論として、Gender Identityの翻訳語としての「性自認」は不適切だと断じ、その訳語として「性別認識」を提案します。

 また、「性自認」及び「性同一性」は、性別認識の構成要素として位置づけるのが、適当と考えます。


 尚、念のため、申し上げますが、私は、Gender Identityを性同一性や性自認という造語で訳した経緯などは、存じません。

 これは、性的マイノリティ当事者のほぼ全てが、同じ認識を持っていると思います。


 しかし、今回、なぜ、これほどまでに性自認が問題になったのか検証し、考えたものを公にしますので、様々なご意見が出てくるはずで、その、様々な意見を全て表に出し、その上で、最適解を導き出すことが、法案が広く歓迎されるものになる、唯一のプロセスではないかと考えます。

 読者の皆さんの反応を期待しております。

LGBT理解増進法案を取り巻く情勢と私の意見

 2021年5月は、日本に住む性的マイノリティにとって、長く記憶に残るはずです。

 なぜなら、自由民主党の性的指向・性自認に関する特命委員会が、「性的指向及び性自認の多様性に関する国民の理解の増進に関する法律案要綱」いわゆる “LGBT理解増進法案” について、与野党合意を取り付けたものの、党内での承認手続きが難航した結果、党三役が今国会(第204回国会)への法案提出を断念したと報道されるに至った(2021年5月31日現在)からです。


 この法案については、LGBT活動家などが、

  1. 法案提出の見込みが報道された時点では、LGBT理解増進法そのものに反対(従来より、LGBT差別禁止法やLGBT平等法の制定を求めているから)

  2. 与野党合意後に自民党が非公式の会合を行った際に出たLGBTに対する不適切な発言が報じられた際には、 “差別発言をした議員は謝罪のうえ、議員辞職せよ” と激しく抗議デモをし、不適切発言を行った国会議員の辞職や差別禁止法の制定も要求した署名活動へ発展

  3. LGBT理解増進法案が今国会に提出されない見込みと報道されたら、一転して、法案提出断念を批判しだし、小雨降るあいにくの天気の中、日曜日の自民党本部前で、法案提出断念に抗議するデモ集会を実施:映像

と連日のように、激しい抗議運動を繰り広げています。

 一方、性的マイノリティ当事者及び当事者ではない人々、そして、自民党の保守派でこの法案に懐疑的な議員から、与野党合意案で、「性自認」と「差別は許されないものである」という言葉が採用されたことに対し、主に、

  1. 性自認:“生物学的性別にかかわらず、性別は自分で決めて良い” という考え方であるトランスジェンダリズムやセルフIDが導入され、女性や子どもの安全が守られなくなる

  2. 差別は許されないものである:LGBTへの差別が曖昧なまま、この文言が採用されることにより、恣意的な解釈;例)“自分がそう感じるものはすべて差別・ヘイト” が横行すると共に、この文言を根拠に訴訟が乱発するなど、社会的悪影響が引き起こされかねない

という理由で、反対する人々が後を絶たず、大きな論争に発展しています。


 実のところ私は、LGBT理解増進法案で、“性自認” と “差別は許されないものである” という文言について激しく議論されていることに、安堵の気持ちも持っています。

 なぜなら、自民党案が廃案にでもなった場合には、次は、野党案である ”LGBT差別解消法” やLGBT活動家やその団体が推進する ”LGBT平等法”(内容不明)が控えており、今回の法案どころではない、国民全体を巻き込んだ激しい議論が期待できるからです。


 それと同時に、私は、LGBT理解増進法は、世界で初めて、差別禁止ではなく理解増進で、性的マイノリティへの差別や偏見をなくしていく、画期的なものである以上、可能であれば今国会で、もし、今国会で無理ならば、可能な限り早期成立を願ってやみません。

 なぜなら、性的マイノリティに対する理解は、未だ、“LGBTとは、脳の疾患である” と言って憚らない人がいるなど、無理解や誤解が多いという事実があると同時に、LGBT活動家が自分の都合が良いように、この20年程の間、当事者の実態とはかけ離れた “LGBTとは何か” を啓発活動などにより社会に浸透させると共に、メディアの相乗効果も相まって社会的影響力を高めてきた事実を鑑みれば、国が、性的マイノリティへの差別や偏見を定義すると共に、性的マイノリティへの理解を増進していくことが、“えせLGBT運動” や “LGBTビジネス” と揶揄されるような、差別や偏見を利用する動きを封じ込めることが出来ると考えるからです。

日本語としても不適切な “性自認” というコトバ

性自認という言葉を分解し、4つの言葉からそれぞれの意味を確認してみましょう。


  1. 人が本来そなえている性質。うまれつき。たち。

  2. 同種の生物の、生殖に関して分化した特徴。雄性と雌性。雄 (おす) と雌 (めす) 、男と女の区別。また、その区別があることによって引き起こされる本能の働き。セックス。

性別

  • 男女または雌雄の区別。

自認

  • 自分で認めること。

自称

  • 自分から名のること。真偽はともかく、名前・職業・肩書などを自分で称すること。

 国内外のLGBT活動家が、性自認について、”生物学的性別にかかわらず、性別は自分で決めて良い” と主張すると共に、マスコミが当事者らの発言を取り上げているのを見れば、性自認における性とは「性別」のことを指し、また、自認とは、まさしくその言葉通りに、「自分で認めること」を意味していると理解して、差し支えないはずです。

参考記事:https://archive.ph/uKNkW


 これでは、世界中で問題になっている性別の自己決定権(生物学的性別や他人の認識に関わらず、自分の性別は自分が決められるという考え方)を主張するトランスジェンダリズムやセルフIDと同義であり、「国民に知らせることもなく、国は性別の自己決定権を認めるのか?」と誤解されても、仕方がないように思います。

Gender Identityとは何か

 英単語を論じる際に、英和辞典を紐解く(ネットで検索する)ことが多いのではないでしょうか。

 Gender Identityのように、“日本語に適切な言葉がない” と言われるようなケースでは、日本語は国語辞典をひくように、英英辞典で、その言葉の意味を考えると、より一層理解が深まるのではないでしょうか。

 そこで、今度は、Gender Identityの意味を、5つの言葉から確認したいと思います。

Sex

  1. the physical activity that two people do together in order to produce babies, or for pleasure → sexual(2人が赤ちゃんを産むため、または快楽のために一緒に行う身体活動 → 性的行為)

  2. whether a person, plant, or animal is male or female(人、植物、動物における男性/女性、雄/雌の別)

  3. all men, considered as a group, or all women, considered as a group → sexual(群とみなされるすべての男性、または群とみなされるすべての女性 → 性的)

Gender

  • the fact of being male or female(男性又は女性であるという事実)

Identity

  • the qualities and attitudes that a person or group of people have, that make them different from other people(他の人たちと違うものにする、人または人々のグループが持つ性質や態度)

Thought

  1. something that you think of, remember, or realize(あなたが考えたり、覚えたり、実現したりするもの)

  2. careful and serious consideration(慎重かつ真剣な考慮)

  3. the act or process of thinking(思考の行為またはプロセス)

Admission

  • a statement in which you admit that something is true or that you have done something wrong(何かが真実である、または何か間違ったことをしたと認める申告・声明)

 恐らく、英語における ”自認” に相当する言葉は、ThoughtやAdmissionのように、「自分が考えたり、判断する」というニュアンスの言葉でしょう。


 では、Identityに関してはどうかと言うと、Gender Identityとは別の問題として、トランスジェンダリズムやセルフIDが問題視され、議論されている現実を踏まえると、自分が何者であるかを認識することは、他人や社会との関係性を考慮する(必要とする)ものであることが伺えます。


参考:https://courrier.jp/news/archives/201920/

参考:https://www.bbc.com/japanese/47303291


 また、Gender自体、男性又は女性であることを意味しているのであり、この事実は、そもそも、海外においても、生物学的性別を無視(或いは、生物学的性別と分離)してはいないことをはっきりと教えてくれているのではないでしょうか。

 敢えて言うならば、性同一性障害を抱える人々が、最終的に、自分が望む性別に埋没して生きていくことと同様に、Genderもまた、男性か女性のいずれかに落ち着かなければならないと考えられます。

 つまり、“第三の性” を設けることや様々なトランスジェンダーである ”状態” を性別とすることは、正しいとは言えないと考えて、差し支えないでしょう。

Gender Identityにふさわしい日本語とはなにか

 Gender Identityは、英英辞典におけるそれぞれの単語の意味に準拠して考えるならば、

 「自分は男性又は女性であるという事実を、他人や社会との比較や関係性を通して、自分の特性から認識すること」

だと考えられるのではないでしょうか。

 となると、LGBT活動家や地方公共団体等が、Gender Identityについて、

  1. 多くの人は、特に意識することもなく、当然のこととして、「自分は男である。男として生活することがふさわしい」あるいは「私は女である。女として生活することがふさわしい」と感じている。男として、あるいは、女として振る舞い、男或いは女としての立場をとり、それがごく当然のこととして日常生活を送っている。このように、自分の性別を男である、あるいは女であると感じたり、男である、女であると認めたりすることを、性自認、Gender Idenityという。

  2. 人生において積み重なった自分の性別についての認識や感覚であり、出生時にあてがわれた性別と一致する場合もあれば、それとは異なる場合もある。

  3. 生物学的性別や他人の認識にかかわらず、自分の性別は自分で決めて良い。

などと主張・説明してきたものは、正確ではなく、”不完全” なのです。


 もちろん、自分の性別を、自分なりに「xxだ」と認識することは、誰にもあります。

 それを、性自認という言葉はもとより、性を自覚すること、或いは自我の一種が芽生えることや、“本当の自分に気づくこと” と言って差し支えはないでしょう。

 性同一性障害を抱える私の友人は、性自認について、こう言っています。


「性自認は、自分の身体に対して抱く苦しみを表わす言葉です。

性同一性障害とは、例えば、男性の身体に対して苦痛を覚えるのは、自分が女性だと認識しているからという意味になります。

身体に違和のない人に、そもそも性自認という言葉は宛がわれていなかったものです。

それをLGBT活動家が便利に使っている。

性自認を否定してしまうと、即ち私たちの身体違和を否定することになるのです。」


 こと、セクシュアリティの構成要素の一つであるGender Identityにおいては、その自己認識だけで性別が決められるという主張、つまり、LGBT活動家が主張している ”性別の自己決定権;性別は自分で決めさせろ” は、Identityが、他人や社会との関係性において、自分の特性から違いを見出す意味である限り、他人や社会との関係性、つまり、“他人や社会が自分をどう認識するか” を無視できないのですから、間違っていると言えます。


 従って、Identityの訳語として、「自認」を採用するのは、不適切です。


 これは、我々の人生においての実体験が、それを裏付けてくれるのではないでしょうか。

 例えば、「OOちゃんは女の子だから、ピンクのお洋服を着ましょうね」とか、「XX君は男の子だから、ランドセルは黒なのよ」と親を初め、周りの人からそう言われることで、自分は女の子である、男の子であるという認識が生まれ、その確実性は個人差があるものの「そういうものなんだ」と受け入れて成長していったはずです。

 そして、第二次性徴が起こって、身体に男女の差がはっきりと表れるようになり、自分の性別の認識は、もっと強固なものになり、いつの間にか、意識的・無意識的のいずれにかかわらず、自分から、男性や女性だと認識していたのではないでしょうか。


 私は男ですが、男の中でも、様々な違いがあるわけで、“男とはこういうものである” という認識も、固定されたものではなく、外からの刺激によって変化もしてきましたし、今後も変化し得るものなのでしょう。

 なぜなら、人によっては、50歳になって、自分とは何者かの認識が変わった人もいるからです。

 また、現代社会における “男らしさ” は、30年前、50年前とはずいぶんと違うはずです。 (今は、“男らしさ、女らしさ”ではなく、”自分らしさ” が尊重されるのですから)

 実は、私が学生の時、両親に一度、

「自分は女かも知れない」

と、悩みを相談したことがあります。

 それは、その当時、あまりにもひどく、オカマだの、男らしくないだのと言われていたので、「自分は男じゃないのかもしれない」と思うようになったからなのですが、

「アホなこと言うな!お前は男だ。心配するな!」

と言われて解決したわけです。

(もし、「お前は女の子でも良いんだよ」などと言われていたら、自我の揺れ動きやすい少年の頃を鑑みれば、きっと、Genderというものに振り回された、”遠回りの人生” を送っていたのではないか、と思うと、あの時、ハッキリと私の悩みを否定してくれた両親に、感謝しています。)


 また、別の私の友人は、Gender Identityについて、「森鴎外のヰタ・セクスアリスに近いのではないか?」と言いますが、それも、Gender Identityにふさわしい日本語を考える上で、参考になると思います。


ヰタ・セクスアリス:主人公の哲学者・金井湛(かねい・しずか)が、高等学校を卒業する長男への性教育のための資料として、自らの性欲的体験についてその歴史をつづる内容。大胆な性欲描写が問題となり、掲載された文芸誌「スバル」7号は発刊から1か月後に発売禁止の処分を受けた。もっとも、実際に性行為が直接描写されていることは無く、この処分は当時軍医総監という立場にあった森鴎外に対する非難を受けての対応であったともいわれる。参考:ウィキペディア


 では、Gender Identityの訳語としてふさわしいのは、いったい何でしょうか。

 私は、生物学的性別(身体的性別・生得的性別とも言う)を変えることは出来ないことや思い込みや勘違いも考慮しないといけない以上、「性別認識」だと考えます。

 (つまり、Sexual Orientation and Gender Identityは、性的指向と性別認識となる。)


 性別認識、つまり、自分の性別を認識する構成要素としては、

  1. 性自認:自分は何者であるかを考えることやそれに気づくこと

  2. 身体的性同一性:身体の違和がないこと

  3. 社会的性同一性:自分は何者であるかについて、他人や社会からの認識が一致していること

  4. 時間的性同一性:自分は何者であるかについて、過去・現在・未来に連続して一致していること

の4つが、必要だと考えます。

 これは、性同一性障害の適用要件も考慮すれば、妥当なものではないでしょうか。


 Gender Identityの訳語として性自認を充てるのであれば、それを構成する単語のそれぞれの意味を鑑みれば、性同一性障害を否定することにもなりかねませんし、実のところ、もし、自分で性別が決められるならば、同性愛や同性婚なども不要に出来る可能性があるはずです。


 残念ながら、私が提案する「性別認識」が、Gender Identityの訳語として採用されることは、まずないかと思います。

 しかし、性自認が、Gender Identityの訳語として不適切なのは確かです。

 先に述べたように、Gender Identityの意味が、他人や社会との関係性において、自分の特性から自分の性別を見出すことである以上、現在議論されている内容(性自認か性同一性かの二択)で言うならば、Gender Identityの訳語は「性同一性」であるべきです。


 もし、政治的な理由により、LGBT理解増進法案において、性自認を採用せざるを得ないのであれば、その定義において、トランスジェンダリズムやセルフIDが入り込む余地を完全に排除しなければなりません。それが出来ないのであれば、世論の反発や法案に対する疑念に応えることは不可能でしょう。

 LGBT理解増進法案が提案すらできない理由のひとつとして、性同一性を性自認に書き換えたことが挙げられている現状を、大変残念に思います。


 さて、ネット上に公開されている法案の要綱をみると、性的指向と性自認の定義が、次のように書かれています。


第二 定義

一 この法律において「性的指向」とは、恋愛感情又は性的感情の対象となる性別についての指向をいうこと。

二 この法律において「性自認」とは、自己の属する性別についての認識に関する性同一性の有無又は程度に係る意識をいうこと。


 正直なところ、この性自認の定義は、分かりづらい。

 きっとこれは、こういうことが言いたいのでしょう。


二 この法律において「性自認」とは、自分の性別について、社会的及び時間的に性同一性があるかどうか、又は、身体の違和の程度に関する意識のことである。


 しかし、この定義は、例えば、

  1. 性同一性のない、「自己の属する性別についての認識」も認められている

  2. 「自己の属する性別についての認識」の程度には個人差がある=自己の性別についての自己認識だけで良い

といったかなり強引な解釈も、しようと思えばできてしまう “抜け穴” があるのではないかと、この法律を支持する立場としては大変心苦しい限りではありますが、この法律をより良いものにするという気持ちから、指摘しておきたいと思います。

 また、現状、誰も、「トランスジェンダリズムやセルフID、つまり、性別の自己決定権は認めていないし、そんなことは起こさせない」と明言していないことも大変遺憾であると、この際、述べておきたいと思います。

まとめ

 特にネット上での、LGBT理解増進法案についての議論は、当事者を置き去りにしたものや、改めて性的マイノリティについての無理解や認識不足が露呈しているものを、まざまざと見せてくれています。

 また、LGBT活動家が、“自民党憎し” で、政治闘争の道具として、この法案を利用していることも、当事者のみならず、当事者以外の人々にも、広く認識されていることが分かります。

 LGBT理解増進法案を与野党合意したことが、ある意味、性的マイノリティを取り巻く社会は変化していることを教えてくれた、良いきっかけになったと言えるのではないでしょうか。

 もう、“LGBTは気の毒な人たちだ” とか “LGBTはいつも差別されているんだ” という認識は、少数派になりつつあります。

 それは、「法律など作らずとも、理解は増進できる」という当事者以外からの人の意見に、表れています。

 単なる感情論や “モヤっとした慈善” ではなく、是々非々で性的マイノリティの問題に取り組もうという動きが育っていることは、歓迎するべきものであり、もっと広げていくべきだと考えます。


 この日本という、性的マイノリティについて歴史的にも、そもそも寛容な国において、外国にはない、独自で活発且つ健全な議論がなされ、真の意味で、性的マイノリティ当事者が、当事者以外の人々と同様に、恙なく平穏に暮らせる社会、特に、性同一性障害を抱える人々にとって、より住みやすい社会になることを、願います。


 なぜなら、性的な部分が違おうとも、この国を愛し、共に生きる、ひとりひとりに過ぎないのですから。

(2021年6月3日初稿)

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