• 洪均 梁

新宿二丁目と薬物と

更新日:2021年3月24日

今回は、二丁目と、特にゲイに蔓延している薬物の問題、そして、HIV感染者とAIDS患者について、私の意見及び提言を述べます。

私と新宿二丁目(以下、二丁目)の関係、なんていうと大げさですが、私が初めて二丁目に来たのは、ブログの「About me」というコラムで書いたように、かれこれ、(あっという間に・・・)25年近く前、就職活動をしていた大学4年生の秋頃です。

その頃の二丁目は、経済の”バブル崩壊”により絶頂期よりは人が減ったと、後で知ることになるのですが、それでも、今よりも賑わっていたし、何といっても、「勢い」があった。

例えるなら、日が沈んだ後も昼間の余韻が残る、暑い夏の夕暮れのような感じ。

突き抜けた解放感と熱気にほだされて、まさに、「自分を解放」することが出来たのです。

しかし、残念ながら、最早、二丁目は性的マイノリティに必要不可欠な街ではありません。

新宿二丁目

  • Wikipediaによると、新宿二丁目は、面積105,238.5㎡、2015年の住民基本台帳人口1,213人の町だそうです。北は靖国通りから南は新宿通りに挟まれたエリアであり、北から南に通る「仲通り」に、御苑大通りから東西に伸びる不動通りやさつき通り、花園通りが通っており、性的マイノリティ向けのバーやクラブ等が集中するとともに、飲食店、ホテル、マンション、戸建て住宅や寺社等が混在して建っています。

  • 歴史的には、江戸時代に宿場(内藤新宿)が置かれ、1958年の売春防止法の完全施行まで一部の区域は色町として栄えました。また、現在の区画は1950年の区画整理により整備されたものです。

  • 「性的マイノリティの街としての二丁目」の現況は、性的マイノリティ向けのバーやクラブ等は、確かに集中しているものの、古くなったビルが解体され、広大なコインパーキングになっていたり、マンションや雑居ビルに建て替えられ、徐々にその数を減らすとともに、バーが営業する老朽化した建物と新しいビルやマンションとの対比が、二丁目の衰退を象徴するかのように映ると言っても、過言ではないでしょう。

「性的マイノリティの街としての二丁目」のこれから

新宿二丁目でなければならない」というものを具体的なもので提示できず、お客様の感情、郷愁に訴えることでしか、性的マイノリティの街としての二丁目の価値を訴求できていないこと、そして、性的マイノリティからの需要が低下するなかで、性的マイノリティではない人々を反比例的にお客として受け入れ、二丁目が「性的マイノリティの解放区」であることを自ら放棄したことにより、このままでは、衰退あるのみでしょう。

二丁目は、サンフランシスコのカストロ地区には、逆立ちしてもなれません。

ましてや、”アジアを代表するゲイタウン”ですって?

「えらく大胆なこと、おっしゃいますね」と思うのは、私だけでしょうか。

二丁目が性的マイノリティの「聖地」であったのは、かなり昔のことであり、今や、上野、浅草、新橋、歌舞伎町、女子大通、堂山などと同様に、夜の街のひとつに過ぎません。

ところで、私たちは、なぜ、二丁目に行くのでしょうか。

「あの街の雰囲気が好き」「なじみの店がそこにあるから」とおっしゃる方もいます。

でも、そもそも、新宿二丁目は性的マイノリティだけの街ではなく、そこに住む人の寛容と思いやりの上で、あたかも、”性的マイノリティだけの街” かのように見えていただけだったのですが、そこに、性的マイノリティではない人々が二丁目を体験しにお客としてやってくるようになり、観光地化、俗物化が進みました。

それとは対照的に、ゲイを中心に薬物が蔓延していることもあり、警察の重点巡回地区に指定されるなど、治安の悪化が伺えます。

更には、老朽化したビルが取り壊されて、広大なコインパーキングがずっと街の真ん中に広がり、ただでさえ退廃的な雰囲気の二丁目に凋落の影が色濃く映る現状では、以前のような確かな理由であるとは言い難いように思います。

ひと昔前なら、「ここ(二丁目)でなら、自分らしくいられる。私が自由になれるのはここしかない」という、“Liberated area(解放区)”的な役割や「ここでしか、手に入らないから、見つけられないから、体験できないから、ここに来る」という日常とは異なるものを購入したり、日常では味わえない体験をする場所の役割を果たしていたと思いますが、その役割は今や、自分の掌の上、あるいは自分の部屋が担っているのです。

例えば、通信環境が2Gや3Gの状況では、コミュニケーションは電話など今じゃ使われないようなものが主流で、まだまだバーやクラブ、そして発展場での出会いが重要でしたから、「地元での出会いはないから」という理由で、わざわざ二丁目に来る必要性は高かったし、また、ビデオや文通コーナー(電子メールすらメジャーじゃなかったのです!)が載った雑誌を、他人の目を気にせず確実に買える”バラエティーショップ”は貴重でしたから、「二丁目じゃないといけない理由」が、確実に存在しました。

しかし、今は、出会い系アプリがあり、結婚式も挙げられるような時代です。

また、例えば、自分の ”ネット番組” を通して「自分」を発信することで、コミュニケーションをとることが出来るなど、人との交流の在り方が大きく変化しています。

当然、ネットでなんでも探せるし、買えてしまうし、それがちゃんと届くのですから、家を出ずともすべてが成立し、生きていけると言っても、過言ではないはずです。

そして何より、日常において、他人の目を気にせず生きられるようになったことで、「性的マイノリティの街(コミュニティ)じゃなきゃ成り立たない」という大前提が崩れました。

老朽化した建物が立ち並び、その前に広大なコインパーキングが広がる二丁目に行かずとも、心がウキウキとするおしゃれでキレイな場所は、街に限らず、日本中にあります。

暗く、寂れた街を見て、何とも言えない微妙な気分になるくらいなら、表参道や丸の内に行ったほうが、気分も晴れやかで明るくなるというものではないでしょうか。

  • アプリで出会い、デートの約束をし、定番のスポットで待ち合わせて、観光地に車で行って楽しい時間を過ごす。そして、夜はお洒落なレストランでディナーをし、盛り上がった二人は高級なホテルにチェックイン(他人の目を気にしない当事者)

  • YouTubeやTwitCastingでライブ配信をするなど、ネットでのコミュニケーションを通して、友人を作ったり、彼氏に出会ったり、そして、ファンを増やすとともに、それを通して生計を立てる(数時間の「放送」で数万円の”投げ銭”がもらえる配信者)

性的マイノリティに対する理解が高まり、そのコミュニティが可視化され、私たちの存在が ”ありふれたもの” になるにつれ、皮肉なことに二丁目の価値が減失し、他のリソースが「二丁目の代わり」を担っていくのです。

また、いわゆる ”LGBT活動家” とその支持者の方々が力を入れてきたのは、「二丁目の外でのイベント」です。

パレードと称したデモ行進がその象徴であり、また、とあるLGBT団体が、「第二の新宿二丁目を作ろう!」とコミュニティスペースを都内某所に作ったこともありましたよね。

このような事例からも明らかなように、

「二丁目でなければ成り立たない理由を探すのが難しいくらいに、性的マイノリティの街としての二丁目の存在価値が低下している」

性的マイノリティ向けのビジネスも当然、経済社会のルールに則っているわけです。

それに加え、新型コロナウイルスの感染拡大を発端とした社会構造の変化が進みます。

また、性的マイノリティの理解が進み、コミュニティの可視化や、私たちの存在が必要以上にクローズアップされることがなくなることにより、

  • 従来のスタイルでは、需要の減少に対応できないため、時代を読み、変化に臨機応変に対応出来る実力をもち、また、たった数か月の経済の混乱で経営が危うくなったりはしない、堅実な店舗に集約あるいはグループ化(店舗数の大幅な減少)

  • 支持する政党やイデオロギーでつながった仲間が集う店が増え、「夜の街に政治や宗教の話は持ち込まないで」と新人の私が教えてもらったような”夜の街のたしなみ”が通用しなくなるケースが増加

  • コミュニティが分断され、プロパガンダに染まった集団がコロニーを形成、団体化

  • なじみのお客様を連れ、二丁目の外に出る店が続出

  • 性的マイノリティ向けのビジネスへの性的マイノリティではない人々や組織の参入

といった新しい変化が出てくる、或いは、その傾向が一層顕著になってくると予想します。

街が、経済社会におけるそのValueを自己分析・認識出来ず、そして、新たなValueも生み出せないのなら、個々の店舗や組織が、二丁目であれ二丁目の外であれ、街に頼らず自力で ”フロンティア” を開拓するしかないのではないでしょうか。

「ここは昔、性的マイノリティ向けのお店がひしめく夜の街だったんだよ」と、再開発された街で昔を懐かしむ日が来るのも、そう遠くはないのかも知れません。

薬物の蔓延

2000年代から、特に二丁目や歌舞伎町の発展場付近で、薬物に絡む事案で逮捕される人が後を絶ちません。

大阪や名古屋等でも、同様のことが起こっていますが、これは、ウソでも作り話でもなく、

ネットで検索すれば、「二丁目のサウナ前(発展場)の路上で」「歌舞伎町のサウナ前(発展場)の路上で」と、薬物の所持や使用により逮捕された人の記事を読むことが出来ます。

二丁目をパトカーや警察官が定期的に巡回するようになったのは、なにも、「性的マイノリティそれ自身をターゲット(目の敵)にして」などという理由ではなく、単に、街の治安を守るためであり、且つ、近年、薬物に絡む事案で逮捕される性的マイノリティ、特にゲイが増えているからでもあります。

残念ながら、薬物それ自体や薬物を使用した性的接触を求める性的マイノリティを、TwitterなどのSNSで、簡単に見つけることが出来ます。

また、性的マイノリティ向けの出会い系アプリでも、一部のユーザーの間で薬物を意味する隠語が飛び交っているのは紛れもない事実であり、更には「警察の指導が入って閉鎖された」と言われる出会い系アプリも存在するのです。

これは、嘘か本当かわからない話ではありますが、「ゲイは本当にクスリ好き」という書き込みがネットの掲示板に載っているそうです。しかし、それを全面的に否定できる性的マイノリティはいないでしょう。

また、これも聞いた話ですが、警察では「ゲイと聞いたら、薬物中毒だと思え。ゲイのセックスと薬物はセットだ。」という認識だそうです。

大変残念ですが、性的マイノリティ、特にゲイの ”影の部分” は、薬物の蔓延だと、認めざるを得ないのではないでしょうか。

現実問題として、そこに ”需要” があるからクスリが蔓延するのです。

供給する側だって、大きなリスクを承知で ”商売” をしているわけだから、確実に需要があるところにピンポイント且つ強烈にアプローチし、短期間で引き上げるのです。

逆に言えば、需要がなくなれば、供給側はあっさりとターゲットを変えるということでもあろうと思います。

薬物が特に、男性同性愛者(ゲイ)に蔓延していることについては、それぞれの性的マイノリティが、自分も薬物中毒になるきっかけのすぐそばで生活しているということを、(再)認識すると共に、性的接触と密接に絡む薬物の存在を正しく恐れ、コミュニティから遠ざけるために協力する必要があります。

そして、不幸にも薬物中毒となり、社会的にその責任を負うこととなった他の人の人生の再出発を否定するようなことがあってはならないと思います。

この問題は、我々自身やコミュニティが可視化されていく過程において、例え時間がかかるものであったとしても、社会の一員として解決しなければならないものです。

蔓延が深刻であればあるほど、そこから抜け出すのはかなり大変で時間もかかるでしょう。

精神論を語り、御託を並べるだけでは、克服はできません。

ただ、我々が薬物蔓延の問題を克服するべく取り組めないのならば、外部からの ”荒療治” があったとしても、文句は言えないことでしょう。

(2020年5月9日初稿・5月27日修正)

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