• 洪均 梁

某ホテル騒動を考える

更新日:2021年3月24日

ここ数日、東京都内のホテルにおいて、ゲイや男性バイ(以下、総称として「ゲイ」とする)が出会い系アプリ上で性的接触をすることを呼びかけ、それに応えた人々が集結し問題を起こして、大変な騒ぎになっています。(以下、「某ホテル騒動」とする)

それに伴って起こった個人情報の暴露という犯罪行為も含め、「某ホテル騒動」を通し、新型コロナウイルスと共生するこれからの時代をどう生きるべきか、私の意見及び提言を述べます。

尚、「ゲイがホテルで複数人で性的接触をしている」「ゲイがホテルの大浴場で性的接触をしている」という書き込み自体が、フェイクであると指摘する方も出てきたので、架空の問題に巻き込まれている可能性もあります。

しかし、「新型コロナウイルスと共生する新しい時代をどう生きるか」を考える上で、良い契機になると考え、敢えて、この騒動は「本当である」と理解する立場で、話を進めたいと思います。

「某ホテル騒動」とは。

某ホテルがキャンペーンを実施し宿泊費を大幅に値下げし、それこそ、発展場の入場料金程度或いはラブホテルの休憩料金よりも安く宿泊できるようになった途端、ゲイが性行為のために利用する旨、出会い系サイトや出会い系アプリで多数呼びかけをする事態となり、自粛要請明けのタイミングと重なったことも要因として考えられるのですが、数十名のゲイが宿泊し、部屋に集まっての集団での性行為や大浴場での性的接触をしていたとされています。

その一方、出会い系アプリの位置情報を悪用し、その利用者のアカウントで該当のホテルの位置に表示されるもののスクリーンショットを撮りSNS上に晒す者や、ホテルに「通報」という名のもとに、問い合わせる者が出てきて、さながら「私刑」の様相を呈するようにもなりました。

また、さらに、一部のエスカレートした「私刑」は、ブログサイトに「まとめ記事」として、晒されたアカウント情報と共に掲載したり、また、SNS上でそのアカウントの持ち主の個人情報を暴露するまでになったのです。

尚、ネット上の反応としては、「大浴場が大『欲』場になっている」とダジャレを言う人もいたりしますが、やはり、自粛要請が明けてすぐに、ゲイが本来の使用目的とは異なる用途でビジネスホテルを利用し、他のお客様にとっての迷惑行為や公序良俗に反する行為を誘発させていることに、コミュニティのみならず、コミュニティ外からも強い批判が上がっています。

特に、公共の場及び公的/私的施設内(以下、「公共の場」とする)でそういうことをする理性のなさに批判が集まっています。

ただ、そういった行為をしている人間の性的指向を批判する書き込みはほとんどなく、仮に、そういった書き込みがあったときには、他の人がそれを戒めていたりして、我々の存在を否定するようなことには至っていないと言えます。

しかし、批判の一部は、コミュニティ全体がそうであるかのような印象をもっているように見え、大変憂慮すべきものであると言えるでしょう。

私の意見

本当であれば、今回の騒動は「ウソ」であって欲しいのですが、正直なところ、ゲイのコミュニティにおいて、今回のように、公共の場での性的接触の呼びかけやそれによる問題の発生は、今回に始まったことではありません。

今までも、ホテルでの性的接触や複数人での性的接触を呼びかけていたゲイが今よりもたくさんいたことは、認めざるを得ないでしょう。

ただ、その「呼びかけ」自体がフェイクで、ホテルに行ったものの、相手に出会えなかったことも多々あると聞いていますが。

ホテルの関係者の皆さんの中には、過去に起こった出来事により、それこそ、例え、施設のルールに従い、マナーを守っていたとしても、自分が勤める施設を性的マイノリティが利用することに、違和感を覚えるようになってしまった方もいることでしょう。

性的マイノリティのコミュニティが可視化され、且つ、時代が大きく変容している以上、今回問題となっているような行為が、自分たちの首を絞めている、つまり、性的マイノリティに対する偏見や差別(と呼ばれるもの)を自分たちが生み出していることに気づき、自浄作用を促す必要があるのではないでしょうか。

どこのホテルを利用するかは、利用者が自由に選択できますが、そのホテルのルールに従い、マナーを守って利用するのは、利用者の義務です。

一部には、「ノンケ(ストレート)もビジネスホテルで風俗嬢を呼んだり、素人女性と複数プレイしているのだから、ゲイだけが批判されるのはおかしい」というご意見もあるようですが、何を言っているのでしょうか。

「XXホテルにいるんだけど、みんなSEXしに来ない?」などと、SNSやネット掲示板に書き込むような人間がどれだけいると言うのでしょうか。

また、「歴史的に同性愛者は公共の場で出会うというように、出会う機会が限定されてきた」という発言も聞かれますが、この、インターネットの発達した社会において、性的マイノリティが今回の騒動のように、自らが積極的に呼びかけたうえで、公共の場で、迷惑な行為を行うことを肯定する理由にはなりません。

一連の批判は、性的マイノリティそのものへの批判ではなく、ましてや性的マイノリティに対する差別なんてものでもなく、「社会の一員としてルールを守りなさい」「公共の場で迷惑な行為を行うのはご法度だ」と親切にも教えてくれているのです。

こんなの、言われること自体が恥ずかしいんですけど。

また、「ラブホテルの利用拒否の話には何も声をあげないのに、ビジネスホテルで迷惑行為をした人間を批判するのは、ダブルスタンダードだ」と言う人もいますが、それは次元が違うものを用いており、ミスリードする可能性があるため、私は同意することが出来ません。

何度も言いますが、「施設が定めるルールに従い、マナーを守りなさい」と諭されているのです。

ただし、第三者が出会い系アプリの画面を不特定多数に公開するのは、権利の観点も含め、大いに問題があると思います。

ましてや、不特定多数に公開された情報に加え、その人物の個人情報を暴露するのは、実生活に悪影響を及ぼす点において、犯罪です。

ホテルが対応するならまだしも、何も関係のない第三者が、理由は何であれ、「ゆがんだ正義」を振りかざし、個人情報を不特定多数に公開する権利や義務はありません。

公共の場で、他人の迷惑となる行為や公序良俗に反する行為をすることは許容されるものではありませんが、だからといって、第三者が何をしても良いということにはなりません。

画面をタップすれば、ゲームのように進んでいくので、罪の意識を感じにくいのかもしれませんが、先日の木村花さんの問題のように、画面の向こうで傷つき、被害を被っているのは、生身の人間であり、且つ、問題は実社会で発生しているのですから、インターネットに慣れすぎたことにより、知らず知らずのうちに感覚の麻痺に自分が陥っていることに気づき、正常な判断に戻れるよう、自分をコントロールする必要があると言えるでしょう。

この時代をどう生きるのか。

皆がモラルをもってインターネットを利用しようとも、また、何らかの法律が制定されようとも、残念ながら、個人情報が漏洩し、ネット上に拡散する可能性はゼロではありません。

情報はすべて、ネット上に載せてしまったが最後、もうどうにもならないのです。

個人情報の漏洩は、後日何か面倒なことが起こっても、流布した人間は責任を取らない(取れない)ので、そのことに対処するのは、漏洩された側になります。つまり、個人情報の管理は、全て相手の良識に委ねるしかないといえます。

この「良識」は、その人の気分やその時の社会情勢などにより、例えるなら、小さな地震が絶えず起きているように、常に揺らいでいます。その揺らぎが極端になった時に、問題が生じるわけです。

従って、「個人情報は洩れる」ことを前提にした行動変容が不可欠だと思います。

他人の個人情報を漏らさないことは当然ですが、自分の個人情報が漏れた時にどう対応するかを、普段から意識しておく必要があると思います。漏洩しても大した影響がないものと、漏洩したら大きく実生活に影響のあるものとに分類し、後者が漏洩した場合にどういった対応を取るのかにだけ集中すれば、何をすべきかがはっきりし、漠然としたものが具体的な形になって、万が一の場合に対処しやすくなるのではないかと考えます。

ただ、今回の問題は、公共の場での迷惑な行為やわいせつ行為をした人間の個人情報が故意に漏洩されたというものですから、一方的に漏洩された側が被害者であるという理解が得られにくい側面もあるのではないでしょうか。

はっきりと申し上げて、世の中の全ての人がジャーナリストになれる時代において、自分の行いが世間を騒がしかねない事態に今まで以上に直結していることを自覚しなければならないと思います。

なぜ、発展場やラブホテルではなく、ビジネスホテルでないといけないのでしょうか。

自分の家で、やればいいじゃないですか。

まあ、私も家でやるのは、色々配慮が必要ですけど。

様々な理由でそれが出来ないから、どこかでやることになるわけですが、スリルを味わうことや欲望に負け、普通の感覚を持っている限りはやらないようなことをするというのは、それこそ「異常である」と気づくべきです。

「ゲイは、昔から公共の場で出会うしかなかったので、今回のようなことも、コミュニティの中ではあり得るものだ」という理屈は、許されないのです。

不倫しているカップルが、世間で認められていますか?

複数の女性とビジネスホテルで性行為する男性が、世間で認められていますか?

そういう人の存在は皆無ではないけれど、それを肯定する人はまずいません。

私は、今回の騒動が、特にゲイのコミュニティにおける性にだらしない部分を正すきっかけになれば良いと考えています。

身体の繋がりよりも精神の結びつきに目を向け、貞操観念を今以上にしっかりと持つことが出来れば、例えば、HIVウイルスに感染する機会を減少させたり、違法薬物の蔓延を妨げたりすることにも繋がるのではないでしょうか。

日本の、特にゲイが、もっと清く正しい生活様式を実践出来るようになって欲しいものです。

これからの世界は、物質的なものに制限がかかり、もっと精神的な部分の充足が重要になってくると言われており、まさに、我々が行動変容するのにちょうどいいタイミングなのだと思うのです。

ここ数年、主にLGBT活動家やLGBT団体の運動の結果、性的マイノリティやそのコミュニティが可視化され、社会により抱合されてきたことにより、今まで通用していたことが社会通念と照らして、そのいくつかが通用しなくなってきた側面があります。

これは、避けることのできない、変化におけるトレードオフのプロセスであり、それが「出来ない」「放棄したくない」と言うのであれば、権利など社会に主張することなく、ずっとアンダーグラウンドでいればいいと私は考えます。

アフターコロナの時代は、「精神の時代」です。

社会や生活様式の変容に適応できないものは淘汰される運命にあります。

私たちがこれからも、この社会でつつがなく生きていくためには、自らの行動変容を果たし、更なる精神的な成長を遂げなくてはならないと言えるでしょう。

私も、今回の騒動から得られた課題を他山の石として、活かしたいと思っています。

(2020年6月7日初稿・6月18日更新)

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